ⓔコラム15-0-0 内分泌系疾患における新しい展開

 臨床医学における新しい展開は,病態の解明,診断法の確立そして治療法の開発へと進んできた.内分泌系疾患においても,これらの分野に関する新しい展開は枚挙にいとまがない.さらに,最近の展開としては,個々の疾患の長期的な予後に関するエビデンスの集積が挙げられる.これは従来のような自然経過としての予後にとどまらず,治療を受けつつ,どのような経過を辿るのかを,患者集団として明らかにするものである.その中から未解決の課題をアンメットニーズとして抽出し,それぞれに対策を確立するための努力が続けられている.また,潜在性 (サブクリニカル) とされている病態の自然経過が明らかにされ,積極的な治療介入の是非について議論される状況が訪れている.以下に,新しい展開を具体的に列挙する.

1.新しい病態の解明

 内分泌系全体に関与する新規の病態として,免疫チェックポイント阻害薬関連内分泌障害が注目される.内分泌疾患には自己免疫機序で発症するものが多いことから,免疫チェックポイント阻害薬による内分泌障害は,それぞれの発症機序や病態の解明の手がかりとなることが期待される.

 Cushing病の原因であるACTH産生下垂体腺腫の典型例の多くは,脱ユビキチン化酵素USP8の体細胞系遺伝子変異で生じることが明らかにされ,Cushing病の成因や病態の解明が進展している.また,副腎の多結節性過形成によるCushing症候群における,ARMC5遺伝子変異の臨床的意義が明らかにされ,家族性疾患としての重要性が認識されつつある.

 その他,偽性副甲状腺機能低下症1b型におけるGNAS遺伝子のインプリンティング異常の解明や,その存在が疑問視されていた同症2型に関与する遺伝子異常の同定など,多くの領域で新たな病態の解明が続いている.

2.診断法の確立

 すでに知られている疾患であっても,病状が境界領域の場合など,その診断に難渋することもまれではない.とりわけ,臨床的に潜在性 (サブクリニカル) な場合は,適確な診断法の確立が必須である.副腎性サブクリニカルCushing症候群の新診断基準が2017年に改訂され,臨床的な有用性が高まっている.

 その他にも,国内関連学会での検討作業により次々と診断法の確立および診療の指針が策定されている.具体例として,原発性アルドステロン症の診療に関するコンセンサス・ステートメント (2016年),褐色細胞腫・パラガングリオーマ診療ガイドライン (2018年),甲状腺クリーゼ診療ガイドライン (2017年),くる病・骨軟化症の診断マニュアル (2015年),ビタミンD不足・欠乏の判定指針 (2017年),間脳下垂体機能障害の診断と治療の手引き (2019年),脂肪萎縮症診療ガイドライン (2018年),免疫チェックポイント阻害薬による内分泌障害の診療ガイドライン (2018年) などが挙げられる.

 内分泌疾患の診断で最も重要なホルモン測定の領域では,リン代謝の主要な調節ホルモンである線維芽細胞増殖因子23 (fibroblast growth factor 23: FGF23) の血中濃度の測定が2019年に可能となり,低リン血症性くる病・骨軟化症の鑑別診断に必須の検査となっている.また,骨粗鬆症を含めた幅広い骨・カルシウム代謝異常症において,25ヒドロキシビタミンDの血中濃度測定が可能となり,病態診断に大きく貢献している.

 遺伝子診断の領域では,メチル化異常の解析や全ゲノム解析など,技術的な進歩を背景に,内分泌疾患の診断において,多くの重要な情報が提供されるようになっている.

3.治療法の開発

 内分泌系疾患の中には手術治療が第一選択となる場合もあり,間脳下垂体外科,内分泌外科,膵臓外科や泌尿器科などが密接に関与する.各領域において鏡視下手術の技術的進歩が続いており,これらの技術の進歩に応じた手術適応の判断が内科医には求められる.

 治療薬の開発と臨床応用も着実に進んでいる.先端巨大症やCushing病の治療薬として新規のソマトスタチン誘導体であるパシレオチドが使用可能となっている.悪性の褐色細胞腫に対する対症療法として,チロシン水酸化酵素阻害薬がわが国の臨床現場にも取り入れられるようになった.副甲状腺癌や手術ができない原発性副甲状腺機能亢進症における高カルシウム血症に対する新規のカルシウム感知受容体作動薬として,エボカルセトが開発された.FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症に対しては,抗FGF23中和抗体であるブロスマブの投与が新たに承認され,本症の治療にブレークスルーをもたらすことが期待されている.

 ホルモンの補充療法は内分泌疾患に対する治療の柱の1つである.しかしながら,今日においても人為的に生理的ホルモン動態を模倣することは困難である.再生医療技術の進歩により内分泌組織を人工的に作成することは,その解決の第一歩となることが期待されている.

4.疾患の長期的予後

 適切な治療後あるいは継続的に治療中の内分泌疾患を持つ患者の長期的な予後について関心が高まっている.この領域では,Cushing病や先端巨大症に対する術後の長期経過における問題がよく知られている.最近では,社会の高齢化が進むことにより,甲状腺機能亢進症による骨密度低下が治療後も残存して骨折リスク因子になることが注目されている.また,甲状腺機能低下症に対する不適切な甲状腺ホルモン補充療法が骨折リスクを高めることも明らかにされている.一方,高血圧症に対するスクリーニング検査でしばしば発見される原発性アルドステロン症は,本態性高血圧症に比べて心血管合併症のリスクが高いとされているが,長期的な予後において手術療法と内科的治療の間に差があることは実証されておらず,臨床的な課題となっている.

5.潜在性の病態の自然経過

 潜在性 (サブクリニカル) な内分泌障害は多岐にわたるが,今日ではその診断に至ることは必ずしも困難ではない.また,コホート研究の推進により,多くの潜在性内分泌疾患における長期予後が,必ずしも良好とはいえないことが明らかにされつつある.サブクリニカルCushing症候群や甲状腺機能低下症がその代表である.最近では,甲状腺機能亢進症や原発性副甲状腺機能亢進症においても,潜在性の病態における長期予後が検討されており,それらの治療方針の確立が望まれている.

 内分泌系疾患を学ぶことは,全身の恒常性を維持する仕組みの理解を深め,情動を含めてヒトの病態を全体として洞察する上で必須の考え方を確立することに繋がるものである.個々の疾患にとらわれず大きな視野で内分泌系疾患を学ぶことは,医師としての成長に有益であろう.

〔竹内靖博〕