ⓔコラム15-4-10 甲状腺乳頭癌の過剰診断・過剰治療とその対策

 近年,世界的に甲状腺癌の頻度 (罹患率) が高まっているが1).これは超音波検査をはじめとする画像検査の普及とその精度の向上,および健康診断などさまざまな理由で検査を受ける機会の増加が主な原因で,小さな乳頭癌の偶発的な発見が増えているためであると解釈されている.一方,甲状腺癌による死亡率は変化していないことから,このような癌の診断・治療 (手術) は「過剰診断・過剰治療」にあたるとして,警鐘が鳴らされている2)

 これに対し,日米のガイドラインは超音波所見から乳頭癌が疑われる症例に対し,穿刺吸引細胞診を行うべき腫瘍径に下限を設けた.甲状腺超音波診断ガイドブック3)では結節性病変の診断の進め方について,充実性病変の場合,腫瘍径5~10mmでは悪性を強く疑う場合に細胞診をすること,5mm以下は経過観察を基本とすることを推奨した.また,ATAガイドライン2015年版4)では成人における1 cm未満の結節について,超音波所見から癌が疑われる場合であっても,明らかな腺外浸潤やリンパ節転移が認められない場合には,細胞診を行わずに経過観察してもよいとした.さらに,米国予防医療サービス対策委員会は2017年,無症状の成人に対する頸部触診や超音波を用いた甲状腺癌のスクリーニングは推奨しないとのステートメントを発表した5)

 一方,細胞診で診断がつけられた腫瘍径1 cm以下の微小乳頭癌のうち,臨床的に明らかな転移や浸潤を認めないもの (cT1aN0M0) に対しては,日本の2施設において世界に先駆けて1990年代より,即時手術を行わずに,定期的に超音波で経過観察する前向き臨床試験が行われた.その結果,癌が増大する確率は10年で8.0~11.5%,新たにリンパ節転移が出現する確率は10年で1.4~3.8%と低いこと,腫瘍が増大したりリンパ節転移が出現してから手術を行っても,重大な再発や癌死をきたした症例はないこと,そして,経過観察中に遠隔転移が出現した症例や癌死した症例は皆無であることが示された6,7).これらの結果に基づき,cT1aN0M0乳頭癌の非手術経過観察は,2010年に甲状腺腫瘍診療ガイドライン8)において,十分な説明と同意を前提に取扱い方法の1つとして認められた.そして,2015年にはATAによる成人の甲状腺腫瘍取扱いガイドライン4)においてもこのような癌に対しては,手術を行わずに積極的経過観察 (active surveillance) を行う方針が容認された.『2018年版甲状腺腫瘍診療ガイドライン』では転移や浸潤の徴候のない超低リスク乳頭癌 (cT1aN0M0) 患者が,十分な説明を受けたうえで非手術経過観察を希望する場合には,適切な診療体制のもとで行うことを推奨している9)

〔杉谷 巌〕

■文献

  1. Davies L, Welch HG: Increasing incidence of thyroid cancer in the United States, 1973–2002. JAMA, 2006; 295: 2164–2167.

  2. Ahn HS, Kim HJ, et al: Korea’s thyroid–cancer "epidemic"–screening and overdiagnosis. N Eng J Med, 2014; 371: 1765–1767.

  3. 日本乳腺甲状腺超音波医学会甲状腺用語診断基準委員会編:甲状腺超音波診断ガイドブック改訂第3版.南江堂,2016.

  4. Haugen BR, Alexander EK, et al: 2015 American Thyroid Association management guidelines for adult patients with thyroid nodules and differentiated thyroid cancer. Thyroid, 2016; 26: 1–133.

  5. Bibbins–Domingo K, Grossman DC, et al: Screening for thyroid cancer: US Preventive Services Task Force recommendation statement. JAMA, 2017; 317: 1882–1887.

  6. Ito Y, Miyauchi A, et al: Patient age is significantly related to the progression of papillary microcarcinoma of the thyroid under observation. Thyroid, 2015; 24: 27–34.

  7. Sugitani I, Toda K, et al: Three distinctly different kinds of papillary thyroid microcarcinoma should be recognized: our treatment strategies and outcomes. World J Surg, 2010; 34: 1222–1231.

  8. 日本内分泌外科学会・日本甲状腺外科学会編:甲状腺腫瘍診療ガイドライン2010年版,金原出版,2010.

  9. 甲状腺腫瘍診療ガイドライン作成委員会:甲状腺腫瘍診療ガイドライン2018.内分泌甲状腺外会誌,2018; 35増刊号: 1–87.