ⓔコラム15-4-9 甲状腺乳頭癌のリスク分類と治療方針

 甲状腺乳頭癌のうち,臨床的顕性癌に対する初回治療における甲状腺切除範囲 (葉切除または全摘) と術後補助療法の適応については永年にわたり議論が続いてきた.従来,欧米では乳頭癌のほとんどに対し甲状腺全摘手術を行うことが推奨され,術後放射性ヨウ素 (radioactive iodine [131I]: RAI) 内用療法を行ったうえで,生涯にわたり甲状腺ホルモン薬を十分量投与してTSH抑制療法を行うことが標準治療とされてきた.一方,日本では術前超音波検査により原発巣およびリンパ節転移の広がりを確認したうえで,可及的に甲状腺を温存する術式 (葉切除ないし亜全摘) が採用されることが多く,術後RAI療法はほとんど行われてこなかった.前者は再発予防を重視した考え方であり,後者に比べ残存甲状腺再発がないこと,補助療法の追加によって,その他の部位への再発も抑制される可能性があること,血清サイログロブリン値が再発マーカーとなることがメリットとなる.これに対し後者は,一般的に予後の良い乳頭癌患者のQOLを重視する立場であり,反回神経麻痺や副甲状腺機能低下といった術後合併症の頻度が低く抑えられ,多くの場合甲状腺機能も維持されるといった利点がある.

 最近,甲状腺全摘が葉切除に比べて乳頭癌の再発・生命予後を向上させるというエビデンスは乏しいことが再認識されるようになり,とくに乳頭癌の大半を占める低リスク群においては,甲状腺切除範囲は有意な予後規定因子とはならないことが示された1–6).その結果,乳頭癌においてはさまざまな予後因子の解析から導かれた適切なリスク分類に基づいて個別に治療方針を決定する「リスクに応じた管理方針」が推奨されるようになってきた.

 2010年に日本内分泌外科学会・日本甲状腺外科学会より発行された甲状腺腫瘍診療ガイドラインでは,T1N0M0 (腫瘍径2 cm以下で甲状腺内にとどまる) を低リスク群とし,腫瘍径 (T)>5 cm,高度のリンパ節転移 (3 cm以上,内頸静脈・頸動脈・主要な神経・椎前筋膜に浸潤する,あるいは累々と腫れている),高度の甲状腺外浸潤 (気管および食道粘膜面を越える) または遠隔転移のいずれかに該当するものを高リスク群とした.高リスク群には全摘を推奨し,低リスク群は葉切除でよいとした.どちらにも当てはまらない症例はグレーゾーンとされ,その術式は合併症の発生頻度と予想される再発・生命予後とのバランスをもとに,個々の症例において各施設で最終決定することが求められた7)

 一方,米国甲状腺学会 (American Thyroid Association: ATA) のガイドラインでは2009年版において既に,独自の再発リスク分類に基づいた術後補助療法の適応や程度についての推奨を示した.しかし,初回手術における甲状腺切除範囲については,1 cmを超える癌に対しては (準) 全摘を行うべきであるとしていた8).ところが2015年,ATAのガイドラインは再び改訂され,T>4 cm,臨床的T4 (腺外浸潤あり),N1,M1症例には全摘を勧めるものの,それ以下の進行度のPTCには葉切除も選択肢として認めるとした9)

 2018年,『甲状腺腫瘍診療ガイドライン』は改訂され,乳頭癌のリスク分類と管理方針はⓔ表15-4-8のように示された.超低リスク・低リスク症例には全摘術を行わないことを強く推奨し,高リスク症例には全摘術を行うよう強く推奨している.中リスク症例については,予後因子や患者背景を考慮して,症例ごとに手術術式を決定する.また,乳頭癌に対する予防的リンパ節郭清については,中央区域については行うよう弱く推奨し,外側区域は,低リスク症例には行わないことを弱く推奨している.

〔杉谷 巌〕

■文献

  1. Sugitani I, Kasai N, et al: A novel classification system for patients with PTC: addition of the new variables of large (3 cm or greater) nodal metastases and reclassification during the follow–up period. Surgery, 2004; 135: 139–148.

  2. Ito Y, Masuoka H, et al: Excellent prognosis of patients with solitary T1N0M0 papillary thyroid carcinoma who underwent thyroidectomy and elective lymph node dissection without radioiodine therapy. World J Surg, 2010; 34: 1285–1290.

  3. Ebina A, Sugitani I, et al: Risk–adapted management of papillary thyroid carcinoma according to our own risk–group classification system: is thyroid lobectomy the treatment of choice for low–risk patients? Surgery, 2014; 156: 1579–1589.

  4. Matsuzu K, Sugino K, et al: Thyroid lobectomy for papillary thyroid cancer: long–term follow–up study of 1,088 cases. World J Surg, 2014; 38: 68–79.

  5. Haigh PI, Urbach DR, et al: Extent of thyroidectomy is not a major determinant of survival in low– or high–risk papillary thyroid cancer. Ann Surg Oncol, 2005; 12: 81–89.

  6. Barney BM, Hitchcock YJ, et al: Overall and cause–specific survival for patients undergoing lobectomy, near–total, or total thyroidectomy for differentiated thyroid cancer. Head Neck, 2011; 33: 645–649.

  7. 日本内分泌外科学会・日本甲状腺外科学会編:甲状腺腫瘍診療ガイドライン2010年版,金原出版,2010.

  8. Cooper DS, Doherty DM, et al: Revised American Thyroid Association management guidelines for patients with thyroid nodules and differentiated thyroid cancer. Thyroid, 2009; 19: 1167–1214.

  9. Haugen BR, Alexander EK, et al: 2015 American Thyroid Association management guidelines for adult patients with thyroid nodules and differentiated thyroid cancer. Thyroid, 2016; 26: 1–133.