ⓔコラム2-2-1 一酸化炭素中毒

定義・概念

 一酸化炭素 (CO) は炭素を含む物質の不完全燃焼によって生じる無色・無臭・無刺激性のガスで,肺より吸収され非常に強い毒性を発揮する.ヘモグロビン (Hb) への親和性が酸素 (O2) の250倍程度と高く,Hbと結合しているO2と容易に置換してカルボキシヘモグロビン (CO–Hb) を形成する.その結果,急性期には血液の酸素運搬能は低下して組織の低酸素ストレスが生じる.急性期の中枢神経症状が一旦は改善して2~40日が経過してから遅発性脳症が生じることがある.

原因

 CO中毒は産業プラント,密閉または換気不良な空間での暖房設備や給湯設備の不具合・ガソリン車の排気ガス・火災などによる事故,または練炭の不完全燃焼・ガソリン車の排気ガスなどによる自殺企図などが原因となる.

疫学

 CO中毒は世界的な中毒による死亡および後遺症の主要な原因である.わが国ではCO中毒により年間に数千人が死亡し,中毒による死因のトップとなっている.2003年をピークにインターネットによって自殺者を募り,目張りした車内で練炭を不完全燃焼させて集団で自殺する,いわゆる練炭自殺が大きな社会問題となった.

病態生理

 COのHbに対する親和性はO2の250倍程度であるため,肺胞より取り込まれたCOはHbに結合しているO2と容易に置換してCO–Hbを形成する.CO–Hb濃度が高くなると血液の酸素運搬能は低下する.さらに,CO–Hbの存在下ではHbの酸素解離曲線は左方移動するため,組織での酸素供給は減少する.これらのメカニズムによって組織では低酸素ストレスが生じる.

臨床症状

i) 急性期: エネルギー代謝速度の大きい中枢神経系と心臓の症状が中心となる.表1にCO–Hb濃度と臨床症状を示すが,必ずしもこのように相関しないことに注意が必要である.

a) 中枢神経症状:初期に最も高頻度にみられる症状は頭痛・めまい・嘔気である.また,さまざまな程度の認知機能障害や意識障害が生じる.

b) 循環器症状:軽症では低酸素ストレスを代償して頻脈となる.中等症から重症では冠状動脈病変がなくても胸痛,虚血性の心電図変化,徐脈・頻脈・伝導障害・心房細動・心室性期外収縮・心室頻拍・心室細動などの不整脈,CK–MBなどの心筋逸脱酵素の上昇,トロポニンなどの心筋バイオマーカーの上昇,左室収縮能の障害などの心筋虚血症状が生じる.

表1 CO–Hb濃度と臨床症状.

ⅱ) 遅発性脳症: CO中毒による急性期の中枢神経症状が一旦は改善して2~40日が経過してから,遅発性に精神・神経症状が急速に出現することがあり,遅発性脳症とよばれている.遅発性脳症は神経病理学的には脱髄性白質脳症である.発症率は報告によりさまざまである.発症のメカニズムはいまだに解明されず,予測は困難で,治療法も確立されていない.危険因子については,年齢が36歳以上,またはCO曝露時間が24時間以上であるとする研究がある1).また急性期の髄液中のインターロイキン6 (interleukin–6: IL–6) 濃度が発症の指標となるとする研究がある2).遅発性脳症では,精神症状としては,言語の流暢さ・注意力・集中力・運動能力・学習能力・遂行機能・社会適応などの障害,うつ状態,性格変化,自発性の低下,無為,無表情,失見当識,記銘力障害などが生じる.重症では,重度の認知障害,無言・無動などが生じる.神経症状としては,Parkinson症候群などの錐体外路症状,腱反射亢進などの錐体路症状,失行,失認,失禁,失外套症候群などが生じる.

検査成績

i) COHb濃度: CO–Hb濃度は患者がCOに曝露されたことを示すため診断の根拠になる.ただし,非喫煙者のCO-Hb濃度の正常値は2%未満であるが,喫煙者の正常値は5~8%であることに注意する.

ⅱ) 動脈血ガス分析および血清乳酸値: アニオンギャップ開大性代謝性アシドーシスとりわけ乳酸アシドーシスの存在はCOへの著しい曝露によって組織が低酸素ストレスにさらされ,嫌気性エネルギー代謝が促進されて,乳酸が産生されたことを反映している.

ⅲ) MRIおよびCT (急性期): 急性期には両側の淡蒼球にMRIでは異常信号が,CTでは低吸収域がみられることがある (図1).その他にMRIではレンズ核 (淡蒼球および被殻 (ひかく)) ・淡蒼球以外の基底核 (被殻,尾状核,視床) ・脳室周囲または皮質下の大脳白質・大脳皮質・海馬・小脳などの異常信号や,脳浮腫が認められることもある.

ⅳ) 髄液中ミエリン塩基性蛋白 (遅発性脳症): 遅発性脳症の発症に先行して上昇する.速やかに減少すれば予後良好,高値が持続すれば予後不良の指標となる3)

ⅴ) MRI (遅発性脳症): 典型的にはMRI (T2強調画像,拡散強調画像,FLAIR画像) では脳室周囲の大脳白質および半卵円中心に両側・びまん性・合流性の高信号域が認められる (図2).

図1 CO中毒患者の急性期のCT画像. 両側の淡蒼球に低吸収域を認める.
図2 CO中毒患者の遅発性脳症のMRI (FLAIR画像). 脳室周囲の大脳白質および半卵円中心に両側・びまん性・合流性の高信号域を認める.

診断

 現場にCOの発生源があり,同じ現場にいた人にも同様の症状が認められたらCO中毒を疑う.可能であれば現場の空気中のCO濃度を測定する.CO–Hbは赤色であるため,皮膚の桜紅色 (cherry red skin color) や静脈血の鮮紅色が診断のヒントとなる.

経過・予後

 遅発性脳症を発症した患者の予後は,完全回復,部分的な回復,永続性な精神・神経症状,進行性に経過して植物状態または死に至る,とさまざまである.患者の60%が1年以内にほぼ完全に回復したとする報告もある.

治療

 常気圧酸素 (NBO) 療法または高気圧酸素 (HBO) 療法のいずれかを選択する.O2投与によって血中のO2含有量が増加するとHbからのCOの解離が促されるためCO–Hbの半減期が短縮される.また,O2は組織の低酸素ストレスを改善する.

ⅰ) 常気圧酸素 (normobaric oxygen: NBO) 療法: 非再呼吸式リザーバー付きフェイスマスクで100% O2を10 L/分以上の高流量で投与する.NBO療法によってCO–Hbの半減期は,室内気の平均5時間から平均60分に短縮される.NBO療法はCO–Hb濃度が5%以下になるまで続ける.

ⅱ) 高気圧酸素 (hyperbaric oxygen: HBO) 療法: 海面での大気圧 (atmosphere absolute: ATA) の2~3倍の高気圧下で100% O2を投与する.一人用の第一種装置,または複数人用の第二種装置で施行する.患者に意識障害があれば鼓膜切開を施行してから行う.CO中毒に対する1回の治療は2.5~3 ATAで90~120分である.3 ATAであれば最大120分までは安全に施行できる.HBO療法によってCO–Hbの半減期は平均20分に短縮される.

〔上條吉人〕

■文献

  1. Weaver LK, Valentine KJ, et al: Carbon monoxide poisoning. Risk factors for cognitive sequelae and the role of hyperbaric oxigen. Am J Respir Crit Care Med, 2007; 176: 491–497.

  2. Ide T, Kamijo Y: The early elevation of interleukin 6 concentration in cerebrospinal fluid and delayed encephalopathy of carbon monoxide poisoning. Am J Emerg Med, 2009; 27: 992–996.

  3. Ide T, Kamijo Y: Myelin basic protein in cerebrospinal fluid: a predictive marker of delayed encephalopathy from carbon monoxide poisoning. Am J Emerg Med, 2008; 26: 908–912.