ⓔコラム3-6-3 慢性炎症

 急性炎症は感染や傷害に対する防御あるいは修復反応である一方,慢性炎症は,感染による免疫応答が存在しない「持続性炎症反応」でありsterile inflammation (無菌性炎症) ともよばれる.古くは病理学者Virchowが癌組織に炎症細胞浸潤が認められることを報告し (1863年),癌と慢性炎症の関連を最初に指摘した.あるいは,病理学者Rossにより,動脈硬化で傷害反応仮説での炎症反応の重要性も指摘されていた1).さらに最近,肥満症における白色脂肪組織でのマクロファージの炎症浸潤,慢性閉塞性肺疾患 (chronic obstructive pulmonary disease: COPD) の全身炎症疾患としての提唱など,多くの疾病で,非感染性炎症 (つまり慢性炎症) が病態を加速させていることが,よく知られるところとなった.慢性炎症が細胞ダメージから疾病・機能低下を誘導すると考えられる.近年,基礎免疫学で,自然免疫の鍵として,病原体に共通してみられるパターンの認識を担うトール様受容体 (Toll–like receptor: TLR) 遺伝子が発見された.さらに,病原体のみならず,DNA,RNAなど非病原性異物も同時にTLRを介して,インフラマソーム活性化によるサイトカインIL–1活性化を共通メカニズムとすることが判明し,慢性炎症の標的がIL–1,IL–6などの炎症性サイトカインにあるという概念が確立された.

 ヒト患者で最も簡便な慢性炎症の指標は,血中の炎症マーカー計測である.そのなかで,日常診療で最も簡便な検査項目は,高感度CRP (hsCRP) 計測である.例えば,高血圧治療でEBM (evidence–based medicine,科学的な根拠に基づいた医療) 知見の蓄積されたレニン–アンジオテンシン系阻害薬では,hsCRPも改善する2).EBMに基づく早期治療により,慢性炎症も改善したと考えられる.興味深いことに,最近,睡眠と慢性炎症,動脈硬化の連関も判明した.ヒトでは睡眠時間6時間以下では,動脈硬化が促進することが報告された3).マウスで実験的な睡眠障害が慢性炎症を惹起し,動脈硬化を促進することも確認された4).生活習慣悪化が慢性炎症を引き起こすならば,その改善により慢性炎症が除去できる可能性がある.

 炎症性サイトカイン (IL–6,腫瘍壊死因子 (tumor necrosis factor: TNF)–αなど) に対する抗体療法が分子標的薬として,すでに臨床応用されている (潰瘍性大腸炎 (ulcerative colitis: UC),関節リウマチ (rheumatoid arthritis: RA) などの特定疾患に対する治療効果も確認済みで,すでに保険診療で使用されている).最近,抗IL–1抗体薬 (カナキヌマブ) が開発された.現時点では,一部の自己炎症性疾患 (クリオピリン関連周期熱症候群やFMF) に対して投与可能である.カナキヌマブ投与により,hsCRPの改善も確認されている.興味深いことに,このカナキヌマブは動脈硬化や肺癌発症を抑制することが,最近のCANTOS study (約1万人対象) で判明した5).薬物治療で慢性炎症除去による生活習慣病改善という画期的成果の最初の報告といえる.

〔近藤祥司〕

■文献

  1. Ross R, Glomset JA: The pathogenesis of atherosclerosis (first of two parts). N Engl J Med, 1976; 295: 369–377.

  2. Fliser D, Buchholz K, et al: Antiinflammatory effects of angiotensin II subtype 1 receptor blockade in hypertensive patients with microinflammation. Circulation, 2004; 110: 1103–1107.

  3. Domínguez F, Fuster V, et al: Association of Sleep Duration and Quality with Subclinical Atherosclerosis. J Am Coll Cardiol, 2019; 73: 134–144.

  4. McAlpine CS, Kiss MG, et al: Sleep modulates haematopoiesis and protects against atherosclerosis. Nature, 2019; 566: 383–387.

  5. Ridker PM, MacFadyen JG, et al: Effect of interleukin–1β inhibition with canakinumab on incident lung cancer in patients with atherosclerosis: exploratory results from a randomised, double–blind, placebo–controlled trial. Lancet, 2017; 390: 1833–1842.