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再生医療叢書 1 幹細胞
内容紹介
移植などに頼ることなく疾病のある部位を根本から治療し再生させる再生医療にとり,幹細胞研究はその根幹をなしている。本書は、幹細胞研究の世界的な研究者たちにより編集・執筆され,今後の幹細胞研究に不可欠な最先端の成果を集めた。
編集部から
◎再生医療叢書 刊行のことば
20世紀に世界の医療は大きく発展した。特に、ペニシリンを代表とする抗生物質など生理活性物質が次々に発見・合成された。それらは今日80兆円の規模に上る製薬産業に発展し、人類の疾病治療に大きく貢献を果している。1970年代にスタートした細胞工学、遺伝子工学により、ペプチド、タンパク質が薬となりバイオ医薬時代が到来し、1980年にはゼロだった市場が、2000年に15兆円、2010年には20兆円に成長し、新しい市場が創出されるに至っている。次々に新しい治療が効果的に行われてきている。
同時に、外科手術の発展も目ざましい世紀であった。組織や臓器を、他人(ドナー)から直接に患者(レシピエント)に移植する移植医療は多くの患者の救命に成果を上げた。心臓、肝臓、腎臓、角膜など、移植は免疫制御も含め、高い確率で成功するようになっている。耳、指などの再建医療も一部の部位に損傷はできるものの技術的に大きく進歩した。しかし移植では、ドナー不足のため再建医療では他の部位のディフェクトができるため今後の発展は必ずしも期待されるものでない。20世紀の後半に大きく発展したのが人工臓器治療である。血栓ができにくく、機械的特性に優れたセグメント化ポリウレタンウレアの登場によって人工心臓は大きく飛躍し、今日長期間の装用が可能となっている。血液を浄化する腎臓の機能を高分子のホロファイバーで代替する人工腎臓技術も大きく発展し、今日世界で110万人、日本で30万人の腎不全患者の救命に大きな貢献を果たしている。しかし、未来に必要とされる完全埋め込み型の人工心臓、人工腎臓、人工肝臓などの実現には未だ多くの技術的な課題が残されており、さらなるブレークスルーが必要である。
この意味で、多くの難病や障害の患者を救う先端医療は21世紀における人類の最も重要な挑戦課題であるということができる。
ヒトの体は60兆個の細胞から構成され、きわめて高度な構造と機能の制御によって生命体が維持されている。近年の分子生物学、細胞生物学の発展は目ざましく、細胞、組織、臓器の構造とそれぞれの機能の全体像が次第に明らかにされつつある。そのような背景の中で薬の開発は大きく進展し、内科治療は多くの疾病を次々に治療可能にしてきている。前述したように、1980年以降のバイオ医薬の実現とその普及によって薬物開発・治療の世界はさらに高度かつ広範に新治療を提案、それを可能にしてきている。このように、製薬、バイオ医薬の大きな発展によって多くの疾病が効果的に治療できるようになってきているものの、今日未だ難病や障害に苦しむ患者は多い。特に、組織や臓器の構造的あるいは機能的ダメージに対する人工臓器や移植医療による先端治療は20世紀に大きく飛躍したものの、根本治療の実現に向けて革新的技術開発が必須となっており、新治療開発の実現は世界の大きな関心事となっている。
このような背景のもとで、in vitroあるいはin vivoで人工的、もしくは体の再生能力を利用して、細胞から組織・臓器をつくって治療する再生医療への期待は大きなものとなっている。ES細胞、iPS細胞、体性幹細胞などの幹細胞研究が急速に進むなか、本再生医療叢書では第1巻に幹細胞研究の概念と現状を系統的にその学問的基盤をまとめている。今日の幹細胞研究を体系化して整理し、今後の研究課題についてもその方向性を探りながら解説を進めている。
第2巻は細胞を培養し、スカホールドを用いて組織を誘導して治療する概念とスカホールドフリーの細胞シート工学治療を中心に、細胞や培養組織を効果的かつ効率良く移植して治療するティッシュエンジニアリング(組織工学)についての現状を解説している。
第3巻から第8巻まで「循環器」「上皮・感覚器」「代謝系臓器」「骨格学」「神経系」「歯学系」についての再生医療のコンセプトとその具体的な例を示しながら最先端レベルでの再生医療について解説・紹介している。
対症療法的に治療してきた20世紀の薬物治療をブレークスルーする再生治療は根本治療を実現する夢の治療でもある。この再生治療を実現していくためには、従来のタテ型の医学、生物学、工学の領域のそれぞれの延長線上にその発展を必ずしも描くことのできないことが次第に世界の中で認識されてきている。特に米国を中心に横断型、統合型のティッシュエンジニアリングが強力に追究されてきている。いわゆる医学と理工学の連携から融合に至る体制整備が再生医療の実現とその普及にきわめて重要となってきている。日本再生医療学会はこのような観点から日本組織工学会との合併を実現しながら、新しい教育・研究体制整備に向けて大きくかじを切ってきている。今後さらに従来の医学、生物学、理工学の融合に向けた新領域の再編成を加速させていき、難病や障害を持つ患者を救済する再生医療の実現を目指している。
再生医療の実現と普及のためにもう一つの重要なポイントは規制制度である。1分子を薬とする薬事法に基づき薬を大量に再現性よく製造する従来の薬事法の規制では、生きた細胞を利用して治療を効果的に進める再生医療を必ずしもうまく発展させることができない。事実、我が国では臨床研究でできている治療を一般的に普及させることに成功していない。欧米や韓国では規制を十分に議論し、患者を治すことを上位にする考え方で、患者の治療のために条件付き承認制度など新しい運用を工夫し、再生医療の開始を目指している。一方、我が国では従来の規制の見直しが必ずしも効果的でなく、世界から大きく遅れをとっていたが、日本再生医療学会と行政および産業との新しい連携の在り方の提案の中でゆっくりではあるが少しずつ前に進もうとしている。今後の再生医療の発展が期待される。
本再生医療叢書は研究の基盤と現状を科学技術基盤の上で議論しており、再生医療の全体像を系統的に把握できるようにまとめられている。是非、全体を通してじっくりと読んで頂くことをお薦めしたい。再生医療は、従来のタテ型の教育や研究の方法にとどまることなく、科学技術でイノベーションを実現していくことが必要な21世紀の新領域である。基礎研究者と臨床家はそれぞれの立場を堅持しながらの連携にとどまることなく、さらにもう一歩踏み込んで概念や技術を融合させることを目指して行かなければならない。この意味で最も難易度の高い新領域創出の挑戦ではあるが、未来の患者を治すという大きなインセンティブのもとに研究者・医者が挑戦すべき最重要課題といえる。さらに、研究者・医師のアカデミアが産業や行政とも連携することは、多くの難病や障害に苦しむ患者達を救済していくことであり20世紀の医療と科学技術の成功をさらに21世紀に飛躍させる人類の挑戦である。
日本再生医療学会理事長 岡野光夫
◎編集者序文
はじめに
幹細胞研究の進展と再生医療に対する期待は世界的に高まっており,米国でも欧州でも次々と幹細胞に関する新しい研究所が設置されている.この分野への研究者の参入も増加していて,この10年間に医学生物学の中でも最も注目される領域となったのではないだろうか.
幹細胞研究を進めるに当たっては広範な基礎研究の技術・知識が必要であるが,幸い我が国には幹細胞研究を支えるために必要なしっかりとした幹細胞生物学,発生生物学の基盤が整っていた.加えて本邦発としてiPS細胞技術が報告され,世界的に見ても我が国の幹細胞研究動向が注目されている.したがって,今後さらに他分野の研究者がこの領域に参入して来ることがさらなる幹細胞研究の進展には必要であり,この分野の現在の状況をわかりやすく,正確に伝えることが望まれる.幸い,朝倉書店の企画によりこの目的に叶うシリーズを発刊することとなった.
本書はそのシリーズ最初の巻である.幸い,本書では急速に進展する幹細胞研究,再生医療の主要な項目について最先端の状況を新進気鋭の研究者の方々に解説していただくことができた.大学院生や他分野の研究者諸氏がこの本を手がかりにして興味を持ち,幹細胞生物学や再生医療の分野に参入していただければ編者としてこの上ない喜びである.厳しい研究競争の中で執筆に時間を割いて下さった著者の先生方に心よりお礼を申し上げたい.
山中伸弥・中内啓光
目次
目 次
1. 幹細胞研究の生物学〔丹羽仁史〕
1.1 幹細胞の性質とその同定
1.1.1 幹細胞の定義
1.1.2 幹細胞の自己複製能
1.1.3 幹細胞の分化能
1.1.4 幹細胞のニッチ
1.1.5 幹細胞の存在証明
1.1.6 幹細胞と前駆細胞の区別
1.2 幹細胞と個体発生
1.2.1 初期発生と幹細胞
1.2.2 中期発生と幹細胞
1.2.3 後期発生と幹細胞
1.2.4 幹細胞の体外での分化と発生
1.3 幹細胞と成体恒常性
1.3.1 幹細胞に依存した成体恒常性
1.3.2 幹細胞に依存しない成体恒常性
1.3.3 成体恒常性との関連が不明な幹細胞
1.4 幹細胞と再生
1.4.1 単一の幹細胞による再生
1.4.2 複数の細胞による再生
1.4.3 脱分化を介した再生
1.5 幹細胞を制御するシステム
2. ES細胞からの分化〔江良拓実〕
2.1 多能性幹細胞の分化研究の意義
2.2 多能性幹細胞の試験管内分化研究で考慮すべき点
2.3 ほ乳類の個体発生における中胚葉・内胚葉の分化
2.4 中胚葉細胞マーカーの発現の差による各分画の遺伝子発現と分化能力
2.5 中・内胚葉細胞の可視化と分化誘導およびそこからの内胚葉細胞への分化
3. 組織幹細胞〔大河内仁志〕
3.1 幹細胞システム
3.1.1 臓器や組織の再生能力の違い
3.1.2 組織における幹細胞システム
3.2 組織幹細胞とは
3.2.1 組織幹細胞の定義
3.2.2 自己複製能
3.2.3 多能性と可塑性について
3.3 組織幹細胞の性質
3.3.1 幹細胞と細胞周期
3.3.2 幹細胞のタフな性質
3.3.3 幹細胞の増殖能
3.3.4 幹細胞の移植実験
3.4 表皮幹細胞
3.5 腸の組織幹細胞
3.6 間葉系幹細胞
4. 人工多能性幹細胞〔高橋和利〕
4.1 ES細胞の抱える問題点
4.2 iPS細胞の誕生
4.3 iPS細胞の可能性と課題
再生医療への応用
4.4 病態解明ツールとしてのiPS細胞
5. 造血幹細胞〔依馬秀夫〕
5.1 造血幹細胞研究のはじまり
5.2 造血幹細胞の定義
5.3 造血幹細胞システム
5.4 造血幹細胞のアッセイ
5.5 コロニーアッセイ
5.6 造血幹細胞の自己複製の検出方法
5.7 造血幹細胞の制御機構
5.8 造血幹細胞の発生
5.9 造血幹細胞の加齢
6. 生殖系幹細胞 〔林 克彦・斎藤通紀〕
6.1 生殖細胞
6.2 生殖細胞の発生
6.2.1 受精卵から生殖細胞系列が分岐するまで
6.2.2 始原生殖細胞
6.2.3 生殖細胞の性特異的な発生
6.2.4 PGCsの多能性胚性生殖細胞への脱分化
6.3 生殖細胞の配偶子形成と幹細胞
6.3.1 精巣の構造と精子形成
6.3.2 出生後の前精原細胞から精原細胞への分化
6.3.3 成体における精子幹細胞と精子形成
6.4 精子幹細胞の体外培養
6.4.1 体外培養における精子幹細胞株の樹立
6.4.2 GS細胞の多能性精子幹細胞への脱分化
7. がん幹細胞〔平尾 敦〕
7.1 がん幹細胞とは
7.2 がんの起源と幹細胞分化
7.3 慢性骨髄性白血病幹細胞と治療抵抗性
7.4 悪性黒色腫とがん幹細胞
7.5 がんの幹細胞特性(ステムネス)を支えるメカニズム
8. 幹細胞とシグナル伝達 〔岸 雄介・後藤由季子〕
8.1 マウスES細胞と神経幹細胞
8.1.2 神経幹細胞
8.2 マウスES細胞と神経幹細胞において重要なシグナル伝達経路
8.2.1 JAK-STAT径路
8.2.2 Wnt-β-catenin径路
8.2.3 BMP-Smad径路
9. 幹細胞とエピジェネティクス〔岩間厚志〕
9.1 DNAのメチル化修飾
9.2 ヒストンの化学的修飾
9.3 幹細胞制御におけるDNAメチル化修飾
9.4 幹細胞制御におけるヒストン修飾
9.4.1 ヒストン脱メチル化酵素の造血幹細胞における機能
9.4.2 DNA脱メチル化酵素の幹細胞における機能
9.4.3 幹細胞制御におけるmiRNA
9.4.4 幹細胞制御におけるlincRNA
9.4.5 体細胞の多能性幹細胞へのリプログラミングとエピジェネティクス
Column 私のターニングポイント
10. 幹細胞の臨床応用〔遠藤 大・江藤浩之〕
10.1 再生医療はなぜ必要か
10.2 臨床応用が期待される幹細胞
10.2.1 体性幹細胞(組織幹細胞)
10.2.2 多能性幹細胞
10.3 再生医療として予想されている将来像
10.3.1 造血不全
10.3.2 遺伝子治療
10.3.3 組織再生
10.3.4 固形臓器不全
10.4 実現のための課題
10.4.1 体性幹細胞
10.4.2 多能性幹細胞
10.4.3 効果の検証,動物実験
10.5 巨核球.血小板再生を目的とした,量的課題の解決・効果判定方法の例
11. 幹細胞の規制科学〔青井貴之〕
11.1 取り扱う範囲,規制科学と規制
11.1.1 本章で取り扱う範囲
11.1.2 規制科学と規制
11.2 非臨床研究に関連する規制
11.2.1 ヘルシンキ宣言
11.2.2 ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針
11.2.3 遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(カルタヘナ法)
11.2.4 ヒトiPS細胞又はヒト組織幹細胞からの生殖細胞の作成を行う研究に関する指針
11.2.5 ヒトに関するクローン技術等の規則に関する法律(クローン規制法)
11.2.6 ヒトES細胞の樹立及び分配に関する指針およびヒトES細胞の使用に関する指針
11.3 臨床応用に関連する規制
11.3.1 ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する指針 182
11.3.2 ヒト(自己)/ヒト(同種)由来細胞・組織加工医薬品等の品質及び安全性に関する指針
11.3.3 原材料に関する基準
11.3.4 遺伝子治療用医薬品の品質及び安全性の確保に関する指針
11.3.5 細胞・組織加工医薬品等の品質及び安全性の確認申請書の記載要領について
11.3.6 種々の指針を参照し,開発を進めるに当たって留意すべき点
11.3.7 薬事戦略相談制度
11.4 広義の“規制科学”の推進のために
執筆者紹介
編 集 者
山中伸弥 京都大学iPS細胞研究所
中内啓光 東京大学医科学研究所
執 筆 者(執筆順)
丹羽仁史 理化学研究所発生・再生科学総合研究センター
江良択実 熊本大学発生医学研究所
大河内仁志 国立国際医療研究センター細胞組織再生医学研究部
高橋和利 京都大学iPS細胞研究所
依馬秀夫 慶應義塾大学発生分化学教室
林 克彦 京都大学大学院医学研究科
齋藤通紀 京都大学大学院医学研究科
平尾 敦 金沢大学がん進展制御研究所
岸 雄介 東京大学分子細胞生物学研究所
後藤由季子 東京大学分子細胞生物学研究所
岩間厚志 千葉大学大学院医学研究院
遠藤 大 京都大学iPS細胞研究所
江藤浩之 京都大学iPS細胞研究所
青井貴之 京都大学iPS細胞研究所