シリーズ〈災害と情報〉 3 避難と情報

東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター(監修)/秦 康範関谷 直也(編)

東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター(監修)/秦 康範関谷 直也(編)

定価 3,520 円(本体 3,200 円+税)

A5判/152ページ
発売予定日:2026年09月19日
ISBN:978-4-254-16086-4 C3344

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内容紹介

災害における情報を中心としたソフト対策について、これまでの研究知見を体系化し理論をまとめたシリーズの第3巻。〔内容〕大規模災害における広域避難/避難と報道の倫理/避難に関する4つの政策パラダイム/降水量の既往最大比と避難情報/「避難情報に関するガイドライン」の変遷/避難情報廃止論/ハザードマップ ほか

編集部から

はじめに

 災害情報研究は,「いかに精度の高い情報を住民に届け,的確な避難行動に結びつけるか」という課題に長年取り組んできた.気象観測・予測技術の進展により,誰もが詳細な防災気象情報をリアルタイムで入手できる環境が整った.また,警戒レベルの導入(2019年)や避難勧告の避難指示への一本化(2021年)など,制度の見直しも重ねられてきた.それでも,豊富な情報が必ずしも避難行動に結びついていない実態がある.さらに,2024年能登半島地震における1.5次避難,二次避難など避難の概念自体も広がり,複雑化している.
 本シリーズ第3巻『避難と情報』は,こうした状況を踏まえ,避難を個人の意思決定や情報伝達技術の問題に還元せず,概念・制度・社会の3つの位相から総合的に捉え直すものである.災害時の避難には,立退き避難,屋内安全確保,広域避難,縁故避難,二次避難など,多様な形態がある.また,避難は発災前後の短時間の行動にとどまらず,世帯の分離,生活再建,帰還・非帰還,地域社会の分断と再編にまで及ぶ長期的な社会過程でもある.したがって,避難は,それを支える情報・制度・コミュニティのガバナンスの問題として捉える必要がある.
 第I部「避難と概念」は,避難の多面的な性質を捉える理論的視座を提示する.関谷(1章)は,大規模災害における広域避難を,行政区域を越えた一時的な危険回避にとどまらず,避難者把握の困難,格差と脆弱性,帰還政策の限界を伴う社会現象として捉える.そのうえで,国連の「国内避難に関する指導原則」と国内避難民(IDPs)をめぐる国際的枠組みとの接続を展望する.永松(2章)は,ハザードの予測可能性と人間の理性への信頼を2つの軸として,避難政策を自由主義,介入主義,権威主義,規範主義の4つの政策パラダイムに整理し論じる.飯田(3章)は,障害の社会モデルを援用し,災害時には誰もが社会的障壁に直面しうることを示すとともに,検証型の災害報道が助長しかねない自己責任論の危うさと報道倫理を問う.本間(4章)は,降水量の絶対値ではなく既往最大比に着目し,災害の免疫性に関する知見を踏まえ,人的被害の推計手法と避難への活用可能性を論じる.
 第II部「避難と制度」は,避難制度の変遷と構造的課題を扱う.牛山(5章)は,2005年以降,顕著な風水害のたびに改定を重ねてきた避難情報に関するガイドラインの20年余の変遷を,当事者の視点から振り返る.及川(6章)は,避難情報廃止論という思考実験を通じて,防災気象情報の充実に伴い顕在化した避難情報の冗長性と,行政・住民間における責任の空洞化を明らかにし,避難情報の存在意義を住民と自治体の関係性から問い直す.秦(7章)は,ハザードマップの閲覧・判読実態を実証的に分析し,色が塗られていない場所は安全であると誤読される災害情報の裏命題の働きを明らかにし,ユニバーサルデザインや動的情報との接続など,今後の展開を示す.秦(8章)は,人口減少下においても洪水浸水想定区域内の人口・世帯数が一貫して増加しているという逆説を,全国データと流域単位の事例分析から明らかにし,都市計画制度と土地利用コントロールの課題を示す.
 続く各章は,情報と避難をめぐる社会の実像に迫る.越山(9章)は,携帯電話の位置情報データを用い,2018年西日本豪雨時に気象警報などの間接的な認知情報が社会全体の行動変容に与えた影響を,広域的かつ定量的に検証する.廣井(10章)は,2019年東日本台風時に発表された約1,300件の避難情報を網羅的に分析し,全域型から番地型まで,対象範囲の指定方法が多様である実態を示す.磯打(11章)は,災害対策基本法に基づく地区防災計画制度を軸に,倉敷市真備町の黄色いタスキ大作戦や要配慮者マイ・タイムライン,松山市高浜地区の実践を取り上げ,共助と公助の結節点としての地域の可能性を示す.
 気候変動に伴う水害の激甚化・頻発化が懸念され,南海トラフ巨大地震,首都直下地震,富士山噴火などの国難級災害も現実的な脅威となっている.一方,人口減少と高齢化は,ハード面の対策の維持を困難にし,地域の共助を支える基盤を弱めつつある.
 2026年には防災気象情報が大幅に再編され,避難と情報をめぐる制度環境は今後も変化を続けるであろう.しかし,本書の各章が示すように,避難の課題は,個人の選択や自己責任の問題にのみ還元されるものではない.不確実な状況下で誰が判断を担い,要配慮者を含む一人ひとりの生命と尊厳をどのように支えるかという,社会のガバナンスと倫理の問題である.本書が,既存の避難情報と制度の限界を見据え,これからの避難と社会のあり方を構想するための道標となることを願う.

2026年9月
秦 康範

目次

第I部 避難と概念
 1章 大規模災害における広域避難─緊急避難から生活再建・帰還まで─〔関谷直也〕
  1.1 広域避難の概念と研究上の位置づけ
  1.2 広域避難の事例と想定
  1.3 広域避難の実態と類型
  1.4 広域避難の社会的影響
  1.5 広域避難の計画上の課題
 2章 避難に関する4つの政策パラダイム〔永松伸吾〕
  2.1 問題意識─政策課題としての避難のあり方─
  2.2 災害時の避難はどのようにして政策課題となったか
  2.3 避難の4つの政策パラダイム
  2.4 おわりに─「自由主義」パラダイムは絶対か─
 3章 避難と報道の倫理〔飯田和樹〕
  3.1 パターナリズム?
  3.2 「災害」を社会モデル的に捉える
  3.3 「おなかがすいた」がわからない
  3.4 メディアと「避難情報」の関係
  3.5 災害を社会モデルで捉えるときの注意点
  3.6 自己責任論
 4章 降水量の既往最大比と避難情報〔本間基寛〕
  4.1 降水量何ミリで被害が発生するのか
  4.2 降水量規模と人的被害の関係性
  4.3 既往最大比を活用した人的被害ポテンシャルの評価
  4.4 既往最大比や人的被害推計の活用のあり方
  4.5 リベラルな防災対応
第II部 避難と制度
 5章 「避難情報に関するガイドライン」の変遷〔牛山素行〕
  5.1 避難情報
  5.2 避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン(2005年3月)
  5.3 2005~2012 年の状況
  5.4 避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン(2014年9月)
  5.5 避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン(2015年8月)
  5.6 避難準備情報の呼称をめぐって(2015~2016年)
  5.7 避難勧告等に関するガイドライン(2017年1月)
  5.8 2017~2018年の災害を踏まえた検討
  5.9 避難勧告等に関するガイドライン(2019年3月)
  5.10 2019 年度の動き
  5.11 2020 年度の動き
  5.12 避難情報に関するガイドライン(2021年5月)
  5.13 ガイドラインの変遷を振り返って
 6章 避難情報廃止論〔及川 康〕
  6.1 思考実験としての避難情報廃止論
  6.2 要点①:避難情報の冗長性に関する理解
  6.3 要点②:避難情報は本当に廃止してしまっていいのか?
  6.4 熟議の契機としてのインパクト
 7章 ハザードマップ〔秦 康範〕
  7.1 ハザードマップとは
  7.2 ハザードマップの展開
  7.3 ハザードマップの理解
  7.4 ハザードマップに関する先行研究
  7.5 災害情報の裏命題
  7.6 ハザードマップの今後と新たな展開
  7.7 まとめ
 8章 避難と土地利用─洪水浸水想定区域─〔秦 康範〕
  8.1 災害リスクと土地利用
  8.2 全国および都道府県別の洪水浸水想定区域における人口推移
  8.3 なぜ浸水想定区域の開発は進むのか─都市計画制度と土地利用の実態─
  8.4 洪水リスクと曝露人口に関する近年の研究動向
  8.5 今後の土地利用と避難対策に向けて
 9章 災害情報と社会の避難行動〔越山健治〕
  9.1 ハザードに対する直接認知情報と間接認知情報
  9.2 間接認知情報による避難行動の実態─西日本豪雨における人々の反応─
  9.3 気象警報に伴う災害情報と避難行動を考察する
 10章 避難情報とその対象範囲〔廣井 悠〕
  10.1 避難情報の対象範囲
  10.2 令和元年東日本台風の事例
  10.3 避難に関する住民意向調査の結果
  10.4 考察
 11章 地域と避難─避難と地区防災計画─〔磯打千雅子〕
  11.1 地区防災計画制度の概要
  11.2 避難の3つの壁を乗り越える「黄色いタスキ」
  11.3 要配慮が地域をつなぐ「要配慮者マイ・タイムライン」
  11.4 地域の強み,行政の強みが功を奏した避難行動

索引

執筆者紹介

・監修
東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター

・シリーズ編集
田中 淳  東京大学名誉教授
関谷直也  東京大学
秦 康範  日本大学
小林秀行  明治大学

・編集
秦 康範  日本大学
関谷直也  東京大学

・執筆者
飯田和樹  ジャーナリスト
磯打千雅子 香川大学
牛山素行  静岡大学
及川 康  東洋大学
越山健治  関西大学
関谷直也  東京大学
永松伸吾  関西大学
秦 康範  日本大学
廣井 悠  東京大学
本間基寛  日本気象協会

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